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大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)1685号 判決 1962年12月14日

理由

被告が原審において、「原告主張の事実中被告が原告主張の各約束手形に白地式裏書をし、原告がその所持人となつたことは認める」旨自白し、更に右裏書をなすに至つた経緯、趣旨として「訴外摂津綜合事業協同組合は、講員を勧誘しその一定数をもつて一組とし、毎月掛金をなさしめ抽せんをした上当せん者に対し講金を給付する無尽契約をなすことを業としていたが、昭和三〇年八月当時、業績不振のため講金を給付することができるかどうか疑わしかつたので、伊丹地区における二〇万円会、五〇万円会各一組の講員をして安心して掛金を継続払込ましめるため、新に右組合の専務理事に就任した被告が、昭和三〇年八月以降各月の抽せんによる右二組の当せん者に対しその翌月の講金給付を保証する趣旨をもつて、同月一八日訴外組合が振出した本件手形に白地式裏書をしたものである」旨述べたことは原審口頭弁論の結果によつて明かである。

(自白取消否定部分省略)

前叙本件手形裏書の趣旨に従えば、被告は昭和三〇年一〇月抽せん、翌一一月に給付すべき講金についてもその支払を保証し、訴外組合がその支払をしない場合には伊丹地区二組の各当せん者に対しそれぞれ本件手形金支払の義務を負つたものというべきところ、(証拠)を綜合すると、昭和三〇年一〇月中旬頃行われた訴外組合伊丹地区の抽せん会において、五〇万円会については講員訴外岸田元治郎が、二〇万円会について講員訴外水谷久三がそれぞれ当せんし、翌一一月中旬訴外組合より右岸田は金五〇万円の、右水谷は金二〇万円の各講金を受領しうべき権利を一応取得したことを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで被告は、伊丹地区講員は同年一〇月三一日限り全員訴外組合と講契約を解約し同組合より脱退し、その際同組合と同地区講員との間の債権債務関係一切につき清算を遂げ、前示岸田、水谷両名の講金給付請求権も消滅したので、その支払保証のための被告の本件手形の支払義務も消滅した。しかして原告はその事情を知悉せる悪意の所持人であるから本訴請求は失当であると主張するので、該抗弁の当否について判断する。

(証拠)を綜合すると、訴外組合伊丹地区講員は、かねて同組合の経理状態に不安の念を抱き動揺していたが、昭和三〇年一〇月頃に至り不信感増大の結果、全員解約脱退することに意見が一致したので、原告、訴外北島政次、同篠原某らを代表として訴外組合に脱退の申出をなし、同組合の承諾をえて同月三一日限り全員講契約を解約して脱退したこと(右解約脱退の事実は当事者間に争がない)、訴外組合の約款によれば、講員が組合の承諾をえて解約した場合には被告主張のような方法で清算処理する定めになつているのであるが、伊丹地区講員については特殊事情により約款所定の清算方法によらず、同地区講員の代表者たる右原告らと訴外組合との協議によつて、昭和三〇年一〇月三一日現在において訴外組合が同地区の給付済講員に対して有する掛戻金債権全部をその担保権とともに同地区の未給付講員全員に譲渡し、訴外組合が未給付講員に対し負担する債務は全部免除するという方法によつて処理することと定め、これに基き同組合より同地区講員の代表者の一人である原告に対し、同組合が給付済講員より差入れを受けていた講金の借用証書、担保関係書類並びに同地区講関係の一切の帳簿を引渡すとともに、その儘講契約を継続していた場合、将来同組合より同地区講員に給付を要する金額と、同地区講員から取立を要する金額とを、各講員の氏名、掛込金、給付の有無等を記載した一覧表(乙第一号証の一、二)に基いて仮定的に計算し、それによると五〇万円会、二〇万円会を通じ全体として組合より給付を要する金額が講員から取立を要する金額より一、一五七五円多くなる計算となつたので、該金額を清算不足金として組合より支払うこととし、その支払のため、組合より原告に対し額面金額一六、四六八円の他よりの受取手形一通を交付し、もつて清算を遂げ爾後訴外組合と伊丹地区講員とは互に何らの債権債務の関係はないものとしたこと、その後同地区講員は原告らを世話人として同地区講員のみをもつて講会を継続しようとしたが不首尾に終つたので、結局訴外組合より譲渡を受けた給付済講員に対する掛戻金債権の取立てを行い、その都度これを未給付講員に分配し(前示岸田元治郎水谷久三もその分配を受く)残務整理を行つて来たが、昭和三一年六月頃に至り訴外組合が他の債権者より破産の申立を受けるに至つたので、伊丹地区講員のため残務整理の任に当つていた原告は、未だ掛込金全額の弁済を受けず損害を蒙つている講員のため、損失の補償を受ける目的で、急ぎ本件手形(それは終始原告ら代表において所持し、前示岸田、水谷の手中に帰したことはなかつた)の支払期日を同月一二日と補充し、裏書欄の白地部分に被裏書人として自己の氏名を記載し、一応支払のための呈示をなした後、本件二通の手形金合計七〇万円を訴外組合に対する破産債権として届出で、次いで本訴請求に及んだことを認めることができ、前掲各証人及び原告本人の供述中叙上の認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

叙上認定の事実によれば、前示清算の際、訴外岸田元治郎、同水谷久三の既発生講金給付請求権の処置につき、特に個別的に取上げ、協議し、又は同人らより組合に対し別個に権利抛棄の意思表示をした事実はないとしても、同訴外人らを含む伊丹地区全講員の代表者たる原告らと訴外組合との間で包括的に解約脱退に伴う清算を遂げ、爾後同地区講員と訴外組合との間には何らの債権債務関係もないものと取決めることにより右訴外人両名の権利も消滅せしめ、その後における講員間相互の債権債務の整理は原告ら世話人に一任したものと認めるのが相当で、右訴外人両名の講金請求権のみ独り保留残存せしめたものと認めることは至難である。そうするとこれが支払保証の趣旨で振出し裏書された本件手形上の債務も、主債務の消滅により消滅したものと認むべく、本件手形が清算の際返還されなかつた事実、原告が本件債権を前示の如く破産債権として届出で、これに対し訴外組合より異議の申立をしなかつた事実も、原審及び当審における証人田中成興の証言に照らすと、未だもつて右認定を覆す証左となすに足らない。

しかして原告が叙上の事情を知悉せる悪意の所持人であることは前認定の事実から明らかであるから、訴外岸田、水谷両名の前示講金給付請求権並びにこれが支払保証の趣旨を有する本件手形上の権利がなお残存することを前提とし、右訴外人両名より本件手形取立の委任を受けその所持人となつたとして、被告に対し本件手形金の支払を求むる原告の本訴請求は全部理由がなく棄却を免れない。

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